Talk event report
デザイン文化が生まれる場所をオーガナイズするには?
坪井信邦×松澤剛「Meet Design」トークイベントレポート
日時:2022年6月2日(木) 14:00-15:00
会場:アトリウム内 LIFESTYLE SALON ステージ
2022年6月1日から3日までの3日間、コロナ禍による2年間の開催中止を経て開催されたインテリア ライフスタイル展。ここで新企画として始動したのがMeet Designです。あらゆる領域で活動する企業や人との出会いを創出し、共にプロダクトやサービス開発に挑戦する場と目的に誕生したこのプロジェクトは、初のブース展示を実施し、24社26ブランドの企業に出展いただきました。
展示期間中の6月2日、Meet Designを主宰する株式会社100percent代表取締役の坪井信邦さんと、今年の出展ブランドのひとつ「E&Y」代表取締役・松澤剛さんが登壇したトークセッションが行われました。本記事では、当日の様子に加え、トークを通して議論された「プロダクトレーベルの復興」について考えていきます。
トークイベントの様子。左から) E&Y代表取締役 デザインエディター 松澤 剛、100percent代表取締役 坪井信邦、liil inc. 篠原礼子
いいデザインは、人の心を内側から揺さぶる
Photo by Ryoukan Abe
―今日は、Meet Designの立ち上げの背景をはじめ、これからのものづくりに大切なことを、お2人のお話を伺いながら深掘りできたらと思います。さっそく坪井さん、Meet Designを立ち上げたきっかけから伺えますでしょうか?
坪井信邦さん(以下、坪井):Meet Designの立ち上げの背景には、さまざまなご縁がありました。インテリア ライフスタイル展を主催しているメッセフランクフルトジャパンの梶原社長と、仕事を通じてとても親しくさせていただいているのですが、いろんなお話をする中で、「いま日本のプロダクトデザインに元気がないんじゃないか」という、昨今自分が感じていることをお伝えしたことがあって。その時、「だったら、坪井さんがなにか企画してみたら?」とお話しいただいたのが最初のきっかけでした。
僕らのブランドである100percentは、ロンドンでのデビューをきっかけに、現在にいたるまで国内外で活動させていただいています。これまでの活動を通して、日本にはいいデザイナーがたくさんいるのに、なぜ国内のプロダクトレーベルが盛り上がっていかないのかということをずっと感じていて。Meet Designの立ち上げには、この現状を何とかしたいという思いがありました。
―ご登壇いただいているE&Yさんは、今回出展者としてご参加いただいています。Meet Designの立ち上げの場に、なんとしても出ていただきたいという坪井さんのラブコールがあったそうですね。
坪井:松澤さんには、日本のプロダクトレーベルたちを盛り上げるために、なにかご一緒できませんかと、かなり最初の段階から相談させてもらっていていました。いいデザインは人の心を内側から揺さぶるはずなので、力を貸してもらえないでしょうかと。
―松澤さんは、その思いを受けてどのように感じましたか?
松澤 剛さん(以下、松澤):今回展示しているインテリア ライフスタイル展は「トレードショー」の場ですが、普段我々が作品を発表しているのは、デザイナーによる作品をコンセプト共に展示する「エクシビション」であり、場所の性質がかなり異なります。お声がけいただいた際に、E&Yがトレードショーという場所でなにができるだろうかと考えました。
トレードショーは、よくも悪くもごっそりと作品が置いてある状態の場所です。コンセプトはもちろん大事ですが、結果的にビジネスにつながることが重視されます。Meet Designは、そういった場所の一角に、プロダクトそのものにフォーカスした展覧会をつくるという考え方だとお聞きしたので、僕らとしても賛同できるものを感じ、お力になれることがあればぜひ参加したい、とお答えしました。
Meet Designの展示ブース。ブースデザインMUTE イトウケンジ。Photo by Ryoukan Abe
―坪井さんは、以前松澤さんが主宰されていた「DESIGNTIDE TOKYO」に出展されていた経緯があったとお話しされていましたね。
坪井:そうですね。100percentは、松澤さんが主宰されていたDESIGN TIDE TOKYOで脚光を浴びたブランドなんです。僕らが出展させていただいたのは2008年なんですが、その時のことは強く脳裏に焼き付いています。
DESIGNTIDE TOKYOにて発表された「faceless watch」
当時発表したのは「faceless watch」というLEDウォッチのコンセプトモックでした。リストの部分にLEDが仕込まれていて、ボタンを押すと時間が表示されるデザインで、発表後の1、2ヶ月ほどは、毎日問い合わせをいただくほどの反響をいただいたんです。しかしながら、当時の僕らの技術では商品化することがかなわず、その後、現在にいたるまで類似品が安価に出回ってしまうという、苦い経験をしてしまいました。それからは、バイヤーや事業者向けであるBtoBの展示会にのみ出展する方法をとっています。
今回、Meet Designを開催する場としてインテリア ライフスタイル展を選んだ理由もそこにありました。プレビューの場という意味合いがとても大きいので、バイヤーさんたちの目に触れ、直接手に取ってもらいながら、発表前の段階の作品に、プロのみなさまからのアドバイスをいただく。そういった、作品の精度を上げるための気づき得られる場所を、Meet Designを通して創出していきたい。インテリア ライフスタイル展はまさにそういった交流が生み出される場なので、この場所以外にはないと感じたんです。
デザイナーの思考をトレードする場としての「DESIGNTIDE TOKYO」
–DESIGNTIDE TOKYOは、2005年から2012年までの8年間、東京を舞台に開催された国際的なデザインイベントでした。プロダクトを中心に、ライフスタイル全般に関わるデザインの可能性を肌で体験できるイベントで、トレードショーの趣とは異なり、一般の方も参加可能で、展示品の販売はもちろん、実験的なプロダクトの発表の場でもありましたね。私自身とても好きなイベントで、なかなかお会いできないようなデザイナーさんとお話ができる、とても貴重なイベントだったと思います。松澤さんはDESIGNTIDEのコアメンバーを務められていましたが、BtoBではなく、一般の来場者にも開かれたイベントにされた理由はなんでしたか?
松澤:DESIGNTIDE TOKYOは、トレードショーではない場所を僕らがオーガナイズするとしたら、どういった形で実現できるだろうと考えながらつくったイベントでした。例えば、椅子について話をするときに、値段だけではなくて、その椅子を生み出したデザイナーの思考もあわせて展示するような、そんな場所にしたかった。モノをトレードするのではなく、思考をトレードする場所でありたいというのが、僕らの中でのキーワードとしてありました。
DESIGNTIDE TOKYO 2008年開催時の様子
篠原:2008年で終了してしまったのには、何か理由があったのでしょうか?
松澤:資本力の問題ですね(笑)。スポンサーの話もいただいていたんですが、場をオーガナイズする上での純度を保つために、スポンサーや広告には頼りたくなかった。とはいえ、かなり大変でした。もし期間中に台風が来て来場者数が落ちたら、もうその時点でおしまい(笑)。毎年、ディレクターたちは覚悟して臨んでいましたね。
―坪井さんも何回か出展されていますね。
坪井:はい。今だから言えるけど、応募するのを忘れて松澤さんに泣きついたこともありました(笑)。
松澤:DEISNGTIDEで僕らは、デザイン文化が生まれる場や状況をつくりたかった。東京という都市は、それ自体で大きな装置だと思うんです。ミラノやロンドン、パリなど、世界中の大きな都市でさまざまなトレードショーやデザインイベントが開催されていますが、東京という都市でも、きちんとしたデザインエクシビションやトレードショーのような場が絶対に必要です。それに、トレードショーよりも前の段階として、デザイナーたちが実験的に自分たちの思考を社会に投げかける場がないと、なにかが生まれる状況が起きません。DESIGNTIDEは、そういった役割を担うための場としてのクオリティを上げることを目指していました。
SUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠がデザインを手がけた会場構成
2008年の開催時には、SUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠さんに会場構成を担当いただいています。風船のように不敷布を飛ばして、浮力そのものがブースの構造になっている。デザインエクシビションとして、DESIGNTIDEは会場自体でクリエイションを表現しています。ブースを並置する上では、グリット状にするのがやりやすいと思いますが、出店者にとってノイズにならないようなバランスで、会場構成に趣向をこらしています。当時はエクシビションの会場構成にデザイナーを入れるという考え方がなかったので、その意味でも特殊なイベントだったと思いますね。
―毎回会場構成がすごい楽しみでした。今年無印良品の室長就任された、プロダクトデザイナーの中坊壮介さんが会場構成をやられていた年もありましたね。
松澤:そうですね。中坊さんに担当いただいたのは、4年目の2011年の時でしたね。中坊さんは、ロンドンのジャスパー・モリソンのところで長く勤務していたので、当時日本ではあまり知られていない状態で、ある意味で日本への挨拶がわりのような展示となりました。
―いまや大御所中の大御所の方々が担当されていました。DESIGNTIDEが2012年に幕を閉じてから、松澤さんは「SHOWCASE」という新たな展示を2013年にはじめてられています。
松澤:DESIGNTIDEの出展者は大体50組ぐらいで、3、4倍ほどの数のエントリーから、審査を経て出展いただく形式でした。2013年にスタートしたSHOWCASEは、method代表でありバイヤーの山田遊さんと、BOOTLEG代表のアートディレクター・尾原史和さんとの3人で立ち上げたエクシビションです。DESIGNTIDEとは異なり、パーソナルな言語を持つデザイナーたちを僕らがキュレーションしていて、一部ではありますが準備金をお渡しして作品を制作していただく。資金はすべて持ち出しで、回収性もないイベントでした。
SHOWCASE開催時の様子
デザインの復興のために必要な海外への目線
坪井:今回のトークテーマが「プロダクトレーベルの復興」なのですが、特に復興が必要なのは日本なんじゃないかなと感じています。僕ら100percentは、アンビエンテをはじめ、海外のさまざまな展示会に出展していますが、海外のデザイナーには勢いがあるというか、優秀なデザイナーが活躍できる文化や状況が、海外ではきちんと整っているのを感じます。デザインは共通言語なので、日本のプロダクトデザイナーやプロダクトレーベルの復興のためには、世界で注目されて、評価されることが必要なんじゃないかと。
コロナ禍の2年間は海外に出ることができない状況でしたが、今年はミラノサローネに出展されている日本人デザイナーもいて、素晴らしいと思いますね。ずっと日本だけに留まっていると、世界から取り残されているというか、自分がアップデートされていない感覚があるのですが、松澤さんはいかがですか?
松澤:おっしゃる通り、日本がスタンダードになってしまうと危険だという感覚は間違いなくあります。デザイナーやメーカーは、マーケットや使い手への視線の向け方によって、考え方が大きく変わってくるんじゃないかと思います。闇雲に海外を目指すのは違うと思いますが、世界のデザイナーと対等な提案をしたいのであれば、ミラノサローネにいかないと話にならない。日本とはレベルも性質もまったく異なるので、そこは自覚した方がいいと思います。メーカーとしても、日本だけでビジネスをするのか、ヨーロッパやアメリカも視野に入れるのかによって当然アクションは違いますよね。
坪井さんは、海外のトレードショーに出展されてきた中での成果はいかがでしたか?
坪井:売上で言うと、割合のいい時は10%ぐらいが海外のお客様でした。ヨーロッパとアジアの方がほとんどですね。海外でもビジネスをやっていくには、現地で法人を立ち上げ、母国語で話す現地の人材を採用する必要があります。弊社は、ドイツと台湾で会社を立ち上げていて、本気で海外でビジネスをしていくために、僕らの場合は法人を先につくるという行動を取りました。コロナ禍でかなりの痛手があったのですが、これからも継続するために、この2年間を取り戻していかないといけないと考えています。
継続していくためのデザインコンセプトと哲学
―継続という言葉がありましたが、プロダクトレーベルとして、展示会への出展を続けていくことについてどのように考えていますか?
坪井:僕がはじめてロンドンでデザインという言葉に触れた時に、人生を変えるような力がデザインにはあるんだなということに衝撃を受けたんです。会社をつくってからまだ16年しか経っていませんが、シンプルにそのことを信じて続けていきたいと思います。
松澤:100percentのコレクションは、デビューからずっと続けられていますよね。
坪井:はい。僕らは、一度ものを生み出したらからには、よっぽどでない限り廃盤にはしたくないと思っていて。デビュー作の「Lamp/Lamp」はいまだに継続して販売しているんですが、続けるからにはブラッシュアップしていこうと、LEDに変えて、ガラスの型をパーティングラインがない構造につくり直しています。デザインのコンセプトだけはブレさずに、継続していく精神でやらせてもらっています。
「Lamp/Lamp」
同じく、会社を立ち上げたタイミングで発表した「Sakurasaku」という作品も、継続して販売しています。底が桜の花びらの形をしていて、水滴が花びらのように結露するグラスなのですが、この15年の間に工場が6回も変わっているんです。吹きガラスを生産している工場がどんどん減っていくのを目の当たりにしながら、それでもやれる限りは続けたいという気持ちで、いまでもつくらせてもらっています。
「Sakurasaku Tumbler」
松澤:メーカーにとって、廃盤にすることはとても簡単で、続けていくのは本当にハードだと思います。クオリティを上げて改善していく作業も必要だし、作品として残っていく魅力的なデザインである必要がある。
E&Yは36年続いているんですが、僕は2007年から代表を務めていて、16年が経ちます。やっぱり、ブランドとしてもレーベルとしても、続けていくことの難しさは感じています。でも、スモールカンパニーとして僕らなりの哲学を持ってやってきたので、きちんと理解してくれる人たちが国内外にいるんですよね。デザインクリエイションの質に自信を持ってやっているので、そのことを丁寧に届けていけば継続できると思っています。
坪井:E&Yのように、代表の方が変わっても続いていくレーベルの例は、日本ではそこまでないですよね。
松澤:そうですね。E&Yのファウンダーと僕とは血縁関係にないので、かなり珍しいと思いますね。
―E&YのDNAを受け継いでいく上で、覚悟やプレッシャーはありましたか?
松澤:そうですね。もちろんプレッシャーはあるんですけど、そもそも僕がE&Yのいちばんのファンだったんです。学生の頃にE&Yの存在を知って、日本で自分がやりたいことがやれるのはこの会社しかないと思ったんです。もちろん、当時はのちに代表を務めるなんて考えもしなかったのですが。
坪井:今年の4月にはアクシスで展示が行われました。
松澤:はい。5年以上準備していた、渾身の展示でした。
―もともとは海外で展示をされる予定だったものですか?
松澤:そうですね。本当はロンドンでやる予定だったのですが、コロナ禍によっていつ実現できるのかの見通しがつかず、心が折れそうになった時もありました。考えた結果、日本の企業として東京でも展示をきちんとやりたいと思っていたので、先に国内で開催することにしました。
コンテンポラリーデザインレーベルである僕らの役割は、文化を育てていくことだと思っています。ちょっと照れくさいですけど、E&Yはデザイナーのことをとても愛しているんです。デザイナーがいないと我々は存在できないですし、逆に、デザイナーが実験的な提案を社会に投げかける我々のようなレーベルの存在がないと、デザイナーの行動は限定されると考えています。
AXISギャラリーにて開催された「Thirty-six views」
デザイン文化を生む場所をオーガナイズするために
Photo by Ryoukan Abe
松澤:僕は、デザインを文化として根付かせるためには、メーカー、デザイナー、リテーラー、そして消費者が、互いに教育者であるべきだと思うんです。さらに、ジャーナリストや編集者、トレードショーやデザインイベントという場も、文化を育てていく上でそぞれぞの役割を全うすることがとても重要だと思っています。
坪井:そうですよね。僕らだけが復興を目指していても実現しないと思います。
松澤:メーカーはそれなりの基準を持っていないとだめですし、リテーラーであれば、ただ売るためだけのお店じゃなく、きちんと考え方を持っているお店にしないといけない。そういったサイクルが生まれることによって、デザイン文化の水準は上がっていくんじゃないかな。僕らはデザイナーに対して高い水準を求めますし、当然自分たちにもそれは返ってきます。
松澤さんが当たり前のことだと話す、デザイン文化を育むための構図
また、僕らがDESIGNTIDEをやっている時に話していたのは、どれだけきちんとオーガナイズするのかということ。それによって、ある種の緊張感が生まれるんです。デザイナーがメーカーに対して、メーカーがショップやバイヤーに対して、いい仕事をしていこうという気持ちになる状況をつくることが大事で、その水準がどんどん上がっていけば、デザイン文化の質やレベルも上がっていくはず。
坪井:僕がDESIGNTIDEの場でキラキラしたものを感じたのは、いい場所をつくるオーガナイズの効果が大きかったんだと思います。Meet Designを通して、日本のプロダクトデザインを元気にする場所を、自分たちでオーガナイズしていきたいですね。
Meet Designという名前にした理由には、フレンドリーな、親しみやすさを込めたかったからなんです。誰か誰かが出会うことで何かが生まれて、変化のきっかけになるといいなと思います。そしてその循環が続いていくように、我々主催する側が丁寧に続けていくことで、また来年この場所に戻ってくれるように願っております。
松澤 剛
E&Y代表取締役 デザインエディター
コレクションの企画プロデュースを行う。E&Yは、日本のクリエイティブシーンを牽引する1985年創業のカルチャーレーベル。海外メーカーの家具の輸入販売代理店が主流だった当時から、トム・ディクソン、マイケル・ヤングなど、世界中のデザイナーとのコラボレーションにより日本初のオリジナル作品の制作を目指すレーベルとして異彩を放つ。コレクションの一部はニューヨーク近代美術館やロンドンデザインミュージアムほか、名だたるコレクターに収蔵されるなど、世界から高い評価を受けている。今年の4月には36周年を記念した展覧会「Thirty-six views」を開催。
坪井信邦
100percent代表取締役 曹洞宗 僧侶
「只管『100%』を追い求め、ゆるぎない価値観を生み出す。」をコンセプトに掲げ、ものづくりに取り組む。代表作品に、外気とガラス内部の温度差で生じるガラスの結露を桜の花びらに見立てた「Sakurasaku」や、2019年の「G20大阪サミット2019」において主賓へのギフトに採用された、折り紙の発想から生まれたレンズクリーナー「Peti Peto(プッチペット)」など、ロングライフなアイテムを世に生み出している。また、オリジナル商品だけではなく、台湾テーブルウェアブランド「TG」などのディストリビューターとしても活動し、日本国内のみならず海外に法人を構えて活躍の場を広げている。
https://100per.com/
執筆:堀合俊博